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ライドウ ―
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闇の中で男はうなりをあげた。
男は雷道。
という名で呼ばれていた。しかしそれさえも忘れかけていた。自らの過去を思い出すことはなかった。ただ己の甥を倒した時、里を去った頃の記憶が一瞬だけよみがえった・・・。
霧幻天神流忍術宗家の長男として生まれた雷道は、そのたぐいまれな武術の技を賞賛されるどころか、むしろ恐怖さえ感じられていた。
一度拳を交えただけで対戦相手の技を自分のものにしてしまう。雷道の武術は、まさに敵を「殺す」ための武術だった。
雷道の父、武雷は次男・紫電が己の意志をそのまま受け継ぎ成長していくのを喜ぶ一方で、流派を継承すべき雷道が里をたびたび抜け出している事実に不安を感じていた。あやつは里の武術では飽きたらず、外界にその相手を求めている。
雷道は常にどんな相手でも起きあがれなくなるまで打ちのめした。父・武雷は息子に技を教えた自分自身を責めた。
しかし、雷道は自らの意志で全ての技を貪欲に吸収し続けていた。
そして彼にとって、さらに強くなることこそが己の存在理由となっていた―。
雷道が稽古相手に再起不能の重傷を負わせた日、父・武雷は決断した。己の後を継ぐ次期頭領には次男・紫電を選ぶと。彼は恐れていた。雷道はもはや彼の手には負えなかった。その実力、野心があまりに大きくなりすぎていた。いずれはこの里をも破滅に導くかもしれない。まして、頭領に代々伝えられてきた技だけは、雷道には決して教えられぬ・・・。
紫電への頭首継承の話が公になると里の人間は安堵し、そして長男でありながらその座につけなかった雷道に対し不安を感じていた。
次の日、父・武雷は雷道を部屋に呼ぶと何も言わず息子の目をただじっと見つめた。
その目にあるのは怒りでも哀しみでもなかった。ただ力への飢えがあった。しばらくすると雷道は唇をゆがめて笑い始めた。目の前の父をあざ笑った。そしてこれまで里にとどまっていた己の愚かさをあざ笑った。
雷道は言葉一つ残さずに部屋を出た。そして、そのまま里の道を肩を震わせゆっくりと歩いた。その姿を見た里の人間は皆すぐさま身を隠した。
鬼が歩いていた。鬼はそのまま里を出て行った―。
それから長い年月が流れていた。が、雷道には最強を極めるため、またたく間に過ぎ去っていく修練の時に過ぎなかった。空手家、柔道家、拳法家、プロレスラーなどあらゆる格闘技の使い手と闘い、その技を己のものとした。対戦相手はことごとく再起不能になるまで傷つけられた。
霧幻天神流忍者・疾風(はやて)。己の里で頭首の座につくはずだった男。弟・紫電の息子。そして今や自分の意志で動くことさえできぬ男・・・。
疾風を里の外で待ち受けていた雷道は、容赦なく彼を叩きのめした。自分の甥を討つのに、雷道はなんのためらいも感じなかった。その圧倒的な力と技に疾風はなすすべがなかった。
自分の繰り出す全ての技を返され、その直後に同じ技を浴びせられた。疾風は戦っている相手が自分と同じ里で武術を修得した人間、自分の叔父だとは思いもよらなかった。
このままでは命はない ― そう直感した時、疾風は最後の技を放った。一子相伝で継承されてきた霧幻天神流奥義・裂空迅風殺。
雷道はそれを待っていた。技を決められた体に強烈な痛みを感じながらも、雷道は喜びの笑みをもらしていた。次の瞬間、疾風は自らの奥義をうけ、意識を失った―。
今、雷道は世界的に名高い格闘大会D・O・A(デッド オア アライブ)の招待をうけ、主催者フェイム・ダグラスのもとにいる。フェイム・ダグラスは自分のボディーガードとして雷道に多額の報酬を約束した。しかし、雷道の求めるものはただ力のみであった。大会に集まる強者たちの力を己のものとするため、彼は闇の中で待ち続けていた。
彼方から歓声が聞こえる。大会の優勝者が決まったのか。闇の中で雷道はもう一度うなりをあげ、いかずちを呼んだ。わが拳こそ最強なり
闘いが始まる―