―かすみ 霧幻天神流 次期第十八代頭首―
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かすみ―霧幻天神流(むげんてんしんりゅう)次期第十八代頭首
・・・その座を捨て、彼女は向かっていた。
自ら死を招くかもしれぬ戦いの中へ、兄の小刀をそっと胸に忍ばせて・・・。
歴史の陰で人に知れることなく継承されてきた忍びの術、霧幻天神流。自ら霧に溶け、幻となって敵を討つ。この流派を修得することに、かすみはこれまでの人生を費やしてきた。
幼少の頃から兄・疾風(はやて)と共に父である第十七代頭首・紫雷の厳しい指南を受けてきた彼女は、やがてその鮮やかな体術の切れでは並ぶ者のない程の技の使い手となっていた。
変幻自在に舞い、指一本触れられることなく、静かに敵を討つ。その動きはまさに霧か幻に例えられた。
しかし、流派最強の忍として里を守ってきた頭首・紫電は身の衰えを徐々に感じつつあった。俗世から隔絶された深い谷間で人知れず暮らす忍の里といえど、その技をねたむ敵は少なからず存在する。身も精神も衰えていくだけの己は今一歩引くべきではないか。そして全ての技を授けたわが子に後を託そう・・・。
その「わが子」疾風に頭首の継承を告げんとしたまさにその日、異変は起こった。一日の修行に出たまま、疾風が里に帰ってこなかったのだ。紫電は里の忍に命じ、疾風を探したが行方は分からなかった。
一ヶ月後、里の外れに血まみれになって倒れている疾風が見つかった。何者かにひどく傷付けられ、最後の力を振りしぼって里に戻ってきたのだ。体の自由も言葉さえも失ってしまった兄の姿を見たかすみは、あまりの衝撃の大きさに言葉が出なかった。
『兄さんが、まさかー!』
父・紫電は変わり果てた疾風の体を見つめたまま、苦しみをかみしめつつ唸るようにゆっくりと、もうひとりの「わが子」かすみに言った。
「かすみ、おまえがわしの後を継ぐのじゃ・・・」
そして、一年の月日が流れた。もうすぐかすみの十八回目の誕生日がやってくる。掟により十八になった時、初めて彼女は正式に霧幻天神流第十八代頭首として認められる。兄が半死半生の身となってから、かすみは皆の前では明るく振まっているものの、一人で物思いにふけることが多くなった。
父が何かを隠していることにかすみは気づいていた。あの日からずっと考え続けてきた兄の仇の正体とあの事件の真実を父は知っている。しかし、父は決して何も語ろうとはしなかった。かすみの心の中には今も、自分よりはるかに強くてたくましい兄の勇姿があったのだ。
ある夜、かすみは誰にも告げぬまま里を出た。それは里の掟を破る行為である。父に打ち明けたなら、きっと引き止められたに違いない。けれどもかすみは旅に出なければならなかった。兄の敵を討つため、
そして真実を知るために・・・。
「兄さん、行って来るよ」
かすみは抜け忍となり兄の仇を討つべく、霧の中を急いだ・・・