―バイマン 暗殺の掌―
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悲劇は突然やってきて、彼の心をぼやけた灰色にして去っていった。度重なる内戦のさなか、彼の両親は目前で銃殺された。体中に無数の穴があき、彼が叫ぶ直前に地に倒れた。彼はそのまま叫びをのみこみ、同時に悲しみという感情を失った。彼がその時知ったのは
「人の命など一瞬にして消えてしまう」
という事実だった。そこには感情の入り込む隙など全くない。
数年後、彼は軍隊に入り人を殺す手段を修得した。彼にとって戦場とは人の死ぬ場所にすぎず、国家や感情は何ら関わりをもたなかった。彼は戦場で奪った敵の命をひとつひとつ数えては、脳裏に刻み付けた。
連邦解体後、彼はその腕を買われ、要人暗殺の依頼をうけるようになる。彼は依頼を承諾すれば、必ず期日通りに任務を遂行した。しかし莫大な報酬を受け取ろうと、決して満足感を得ることはなかった。
暗殺のプロフェッショナルとして、裏の世界で彼はこう呼ばれた。
コードネーム・BAYMAN(バイマン)
ある日、彼はホテルの一室で新たな暗殺依頼をうけていた。
「DOATEC=デッド・オア・アライブ執行委員会の代表、フェイム・ダグラス。格闘大会を主催している男だ。奴を次の大会が終了するまでに消して欲しい」
そう言うと黒スーツの男はバイマンに一枚の写真を見せた。
写真をちらりと見ただけで、バイマンが黙っているので男はそのまま続けた。
「奴はうちのボスの事業に少しばかり邪魔で―」
「理由などいい」
ようやく顔を上げ、バイマンは太い声を発した。
「要は、奴の命を奪えばいいのだろう。ただそれだけだ。」
男はうなずくと、バイマンに赤い封筒を手渡した。封を開いたバイマンの目に、血で書かれたかと思われる赤く細い文字が入ってきた。
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「大会への参加証だ。それで出場者のひとりになって奴に接近する機を伺ってくれ」
「分かった。これだけで充分だ」
バイマンは席を立ち、封筒を懐に入れながら部屋を出た。
ふいにいつもの幻影が襲ってくる。体中にあいた無数の空洞。バイマンはその穴のひとつひとつに今まで自分の奪ってきた命をはめこんでいった・・・